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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)2665号 判決

原告

株式会社ファミリーフーズ

右代表者代表取締役

西村義博

右訴訟代理人弁護士

児島憲夫

岸本達司

藤田良昭

野村正義

右児玉憲夫訴訟復代理人弁護士

岸本佳浩

被告

株式会社そごう

右代表者代表取締役

釜本禎二

右訴訟代理人弁護士

高澤嘉昭

林伸夫

右高澤嘉昭訴訟復代理人弁護士

中塚賀晴

主文

一  被告は、原告に対し、金七億〇九五八万五一三〇円及び内金五億六八八一万四〇一八円に対する平成三年一二月二五日から、内金一億四〇七七万一一一二円に対する平成六年八月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その三は原告、その余は被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇億一三六九万三〇四三円及び内金八億一二五九万一四五五円に対する平成三年一二月二五日から、内金二億〇一一〇万一五八八円に対する平成六年八月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、大手の百貨店である被告の被用者であった甲野一郎(以下「甲野」という。)が原告代表者に対し、被告が特定の業者から商品を仕入れているかのように装い、原告がこの取引の中間に介入して右業者に代金を前払いすれば、商品が直接被告の顧客に納入され、被告から転売差益を得ることができる旨嘘を言って、原告から金員をだまし取ったとして、原告から被告に対し、民法七一五条一項に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を請求した事案である。

一  原告の主張

1  (甲野の不法行為―詐欺)

甲野は、原告から金員をだまし取ろうと考え、被告大阪店の販売推進部営業企画課の係長であった平成二年一一月ころ、原告の従業員福田昌治(以下「福田」という。)を介して、原告代表者に対し、あたかも、被告がパレス通商株式会社(以下「パレス通商」という。)から継続的に商品を仕入れているかのように装い、「被告の仕入れ先業者であるパレス通商が被告との手形決済に代えて現金決済を望んでいるので、原告がパレス通商から商品を仕入れて被告に売却することにしたい。商品は被告から原告に発注するので、原告は、パレス通商に代金を振り込めば、商品がパレス通商から被告の顧客に直接納入され、その二か月後の月末に、被告から原告に対し代金が支払われる。その際、七〜八パーセントの利益を上乗せする。」と嘘を言って、原告が被告とパレス通商との取引の中間に介入するよう申し入れた。甲野の言が真実であるものと誤信した原告代表者は、これを承諾した。

以後、甲野は、原告に対し、被告が代金を支払うものではないのに、あたかも、被告が原告から商品を買い受け、その代金を支払うものであるかのように装って、別紙出入金一覧表記載のとおり、同年一一月二九日から平成三年一二月一七日まで合計一四回にわたり、被告の名で商品購入の注文をした。原告は、その都度、株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)から融資を受けた上、同表記載のとおり、パレス通商に対する買受代金の名目で合計三九億三四四〇万八二一四円を、甲野の指示するパレス通商名義の預金口座に振込入金した。

2  (損害)

原告は、右のとおり三九億三四四〇万八二一四円を甲野にだまし取られたが、他方、同表記載のとおり、第一回から第一〇回までの注文分については、被告からの買受代金の名目で、甲野から合計三一億二一八一万六七五九円の支払を受けたので、右の差額八億一二五九万一四五五円の損害を被った。

また、原告は、別紙借入金・支払利息等一覧表記載のとおり、三和銀行に借入利息合計二億〇一一〇万一五八八円を支払い、同額の損害を被った。

3  (被告の責任)

右不法行為は、被告の被用者である甲野が被告の信用を利用して行ったものであり、被告の事業の執行につきなされたものである。

よって、原告は、被告に対し、民法七一五条一項に基づき、八億一二五九万一四五五円及びこれに対する最終振込日の翌日である平成三年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに前記利息相当額二億〇一一〇万一五八八円及びこれに対する最後に利息が支払われた日である平成六年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

1  甲野の不法行為(原告の主張1)について

甲野が原告に約したのは、要するに、原告がパレス通商に資金を送金すれば、甲野又はパレス通商が利益を上乗せした金員を原告に支払うということに尽き、仮に、甲野が被告の名義を用いたとしても、この点は経済的には重要なことではない。しかも、甲野は、当時、約定の金員を原告に支払う意思及び能力を有していたもので、現に、原告は、その主張の第一回から第一〇回までの取引においては、大幅な利益を得ている。したがって、甲野の行為は詐欺に該当せず、原告が第一一回以降の支払を受けられなかったのは、甲野又はパレス通商の債務不履行によるものにすぎない。

また、別紙出入金一覧表の入金欄中、第八回分の合計六回の入金のうち平成三年一〇月四日(ただし第一回目)のもの、第九回分の合計四回の入金のうち同年一一月六日、同月一五日、同月二八日のもの、第一〇回分の合計四回の入金のうち同年一二月二四日のものは、原告が被告に臨時口座開設手続をした上でされた正規の取引に基づくもので、被告は、大日本印刷株式会社からの発注を受けて、原告から当該商品を仕入れ、原告に右仕入れ代金を支払った。仮に同社への納品が架空であり、かつ、同社から被告への入金も第三者(例えば甲野)が勝手に行ったものとしても、両社とも名義を冒用されただけで実害はないし、原告も利益を得ており経済的な被害はないから、詐欺は成立しない。

2  損害(同2)について

仮に甲野の行為が不法行為に該当するとしても、少なくとも原告主張の借入利息相当額は、賠償すべき損害の範囲に含まれない。

3  使用者責任(同3)について

(一) 甲野が仮装した取引は、被告とパレス通商との間の取引にパレス通商の資金調達のため原告を介在させるものにすぎず、その実質は金融取引であって、被告の業務の範囲外の行為であるから、被告の事業の執行につき行われたものとはいえない。

(二) 甲野が被告による商品の注文を仮装したとしても、このような商品の仕入れは、当時の甲野の被告における職務(販売推進部営業企画担当係長ないし宣伝装飾担当係長)の範囲外のものであり、しかも右職務と何ら関連しないものであるから、被告の事業の執行につき行われたものとはいえない。

(三) 原告は、甲野の行為が甲野の職務の権限内において適法に行われたものではないことを知っていたか、又はこれを知らなかったことについて重大な過失があった。

(四) 被告は甲野の監督について相当の注意をし、又は被告が相当の注意をしても原告の損害の発生は避けられなかった。

4  過失相殺

仮に被告に使用者責任が認められるとしても、原告には、甲野の行為が甲野の職務権限内において適法に行われたものではないことを知らなかったことにつき過失があるから、損害賠償額を減額すべきである。

三  争点

1  甲野の原告に対する不法行為の成否。

2  甲野の不法行為に基づく原告の損害の有無及び範囲(借入利息相当額が賠償すべき損害に含まれるか。)。

3  甲野の不法行為は、被告の事業の執行につき行われたものといえるか。

4  甲野の行為が甲野の職務権限内において適法に行われたものではないことについての原告の悪意又は重大な過失の有無。

5  被告が甲野の監督について相当の注意をし、又は被告が相当の注意をしても損害の発生は避けられなかったか。

6  過失相殺の可否及び過失割合。

第三  判断

一  事実関係

〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(争いのない事実を含む。)。

1  原告はフランチャイズを含む約六〇の飲食店を経営する会社、被告は百貨店業を営む会社である。

甲野は、被告大阪店の従業員であった者で、昭和五八年三月一日から同店の第一外商部第一課に所属し、昭和六一年三月一日から同部同課の係長となり、平成二年三月一日に販売推進部営業企画担当係長、平成三年三月に同部宣伝装飾担当係長、平成四年四月には同部宣伝装飾担当課長となった後、同年六月三〇日に被告を退職した。

2  (甲野の詐欺行為の全容)

(一) 甲野は、被告大阪店で勤務する傍ら、櫻川愼一(以下「櫻川」という。)と共にペンションの経営事業を展開すべくその準備のため昭和六二年二月に櫻川との共同出資により株式会社クレッシェンド(以下「クレッシェンド」という。)を設立したが、同社の機器販売等による収益事業がうまくいかず、ペンション用地を購入したこともあって、資金に窮するようになった。

(二) ところで、被告大阪店の組織は、(1) 販売活動の促進、店のイメージの向上を図るための各種催事の企画、宣伝活動、店内装飾等を行う販売推進部門、(2) 店頭での販売活動を行う内販部門、(3) 既存の顧客をまわって注文を受け、また新規の顧客を開拓する外販部門(外商部)及び(4) 総務部門の四部門に分かれ、商品の仕入れの権限は内販部門に属していた(乙第一号証、第五ないし第九号証)。もっとも、外販部門(外商部)の職員は、顧客から特定の商品の注文を受けると、その商品を取り扱っている業者と仕入れ価格等の交渉まで行い、事実上仕入れに関する根回しをすませてしまうことも少なくなかった。そして、店頭外での販売方式には、商品をいったん仕入れ先から被告に納入した上で顧客に販売する方式と、被告を通さずに仕入れ先から顧客に直接納入する「直配」と呼ばれる方式とがあり、直配による場合には、被告は、先に商品を納入させて顧客から販売代金を回収した上で仕入れ代金を支払う「スライド払い」と呼ばれる支払方式をとっていた。この直配・スライド払い方式は、被告にとっては、仕入れ代金の資金手当ての要がなく、売掛金を回収する前に仕入れ代金を支払うことによるリスクも回避し得るという利点があった。また、顧客から引き合いのあった商品を扱っている業者が被告に仕入れ口座を有していない場合(取引実績のない場合)において、その取引が継続的でなく、多額でもないときには、社内の決裁をとって当該業者のための新規の仕入れ口座を作ることなく、当該業者と被告との間に仕入れ口座を有する別の業者を介入させ、被告はこの業者から商品を仕入れるという方式をとることもあった(甲第三〇号証、第三六号証)。

(三) ところで、クレッシェンドの資金繰りに窮した甲野は、被告とその仕入先業者の間にクレッシェンド及び被告に仕入れ口座を有する商社を介入させ、転売差益を得ていたが、この方法は、現実に商品の仕入れがされる場合にしか使えず、十分な資金が得られなかったことから、更に進んで、被告の信用を背景に、自己の被告での肩書を利用して、被告とクレッシェンドとの間に商品の仕入取引があるかのように仮装し、この仮装取引の中間に第三者を介入させる方法により、第三者から金員をだまし取るようになった。パレス通商は、このような甲野の手口にだまされた最初の被害者である。

(四) すなわち、甲野は、昭和六三年春ころ、パレス通商の専務取締役である迎山昭久に対し、クレッシェンドが被告から商品の発注を受けた事実はないのに、「クレッシェンドが被告から商品の発注を受けたが、クレッシェンドには資金がないので、パレス通商が仕入れ資金を出してくれれば、クレッシェンドが商品を仕入れてパレス通商に卸し、パレス通商が被告に納入する扱いにする。商品はクレッシェンドが被告の顧客に直接納入し(直配方式)、パレス通商には二か月ほど後に被告から代金が支払われ(スライド払い)、一割くらいの利益がある。」等と嘘を言って、その旨誤信させ、以後、パレス通商に対し被告名義で架空の発注をし、その都度、パレス通商からクレッシェンドに入金させ、継続的に金員をだまし取っていた。

(五) この間、甲野は、パレス通商が被告に問い合わせることによって架空取引が発覚することを慮り、関係書類を偽造して、被告に対しても、パレス通商から現実に商品が被告の顧客に納入されたかのように装い、被告に実際に入金していた。被告の担当者は、これを当該顧客からの入金であるものと誤信し、スライド払いによりパレス通商に対し代金を支払っていたもので、甲野が画策した架空取引は被告に発覚しなかったのであるが、これは、前述のとおり、直配・スライド払い方式によると、被告は入金があった時に利益分を控除して仕入れ代金を支払えばすみ、現実に商品が仕入れられ顧客に納入されたことをあえて確認する必要がなかったことによるものである。しかし、甲野としては、この方法によると、被告の利益を上乗せした金員を捻出する必要があるところから、後には、被告を通さずに、直接パレス通商に被告名義で代金を入金するようになった。

なお、甲野は、平成二年二月ころ、アパレル商品の輸出入及び販売を目的とする株式会社クルーズ(以下「クルーズ」という。)を設立し、被告とクルーズとの間の仕入取引も仮装して、同様の手口でパレス通商から金員をだまし取っていた。

(六) 甲野は、このようにして、形式上は被告を通す形の架空取引と被告への入金もしない全くの架空取引とを併用して、パレス通商から金員をだまし取り、これをクレッシェンド又はクルーズにおいて資金運用した上、被告又はパレス通商に対する入金分を捻出していたが、いずれの方法によっても、二か月後には、だまし取った金額を上回る金員を支払う必要があることに変わりはなく、これまで以上に資金繰りに窮するようになった。このため、甲野は、同様の手口を使って、別の業者から金員をだまし取り、これをパレス通商への入金分に当て、以下同様にして次々と新たな業者から金員をだまし取っては、これを先の被害者への入金分に当てるという自転車操業に陥っていった。

甲野は、平成四年六月三〇日に被告を退職したが、同年九月、甲野の一連の詐欺行為が被害者らの知るところとなった。甲野から金員をだまし取られた被害者は、パレス通商、原告、株式会社カーボンテック、キヨムラフーズサービス株式会社等合計一一名に及び、この中では、原告の被害額が最も大きかった(甲第三二号証)。そして、甲野は、このうち株式会社カーボンテック及びキヨムラフーズサービス株式会社に対する詐欺被告事件によって、同年一〇月二八日大阪地方裁判所に起訴され、平成五年九月三日同裁判所において懲役四年の実刑判決を受けた。

3  (甲野の原告に対する詐欺行為)

(一) 原告は、平成元年一二月ころ、当時被告大阪店の第一外商部第一課の係長であった甲野から商品購入の引き合いを受けて被告に取引口座を設け、以後定期的に被告から贈答用の商品を購入してきたところ、甲野は、これに先立つ同年七月ころ、原告の従業員であった福田昌治(以下「福田」という。)に対し、原告の新規事業として、いわゆるアウトレットモールを作る計画に乗り出すよう勧めた。アウトレットモールとは、ブランド商品の在庫を、大都市での流通機構を通さずに安く大量に販売する目的で、郊外に設けられた小売店の集まりをいい、アメリカでは、メーカーが多数の直営の小売店を郊外の一か所に集中させ、レジャー施設を併設するなどして客を集め、相当の実績を上げていた。甲野は、かねてより、日本でもこのアウトレットモール事業を手がけたいという希望を有し、これに賛同して計画を推進する資金力のある企業を探していたもので、福田に対し、並行輸入業者を通してアパレル商品を中心にブランド商品を輸入し、郊外にアウトレットモールを作って販売すれば、必ず成功する、百貨店も自社ブランド商品の開発を行うのは必至であり、そうなると、その在庫処分のため、別会社を介してアウトレットモール方式による販売に乗り出すことになる、将来、被告が、原告と提携し、原告のアウトレットモールを通して販売することもあり得るなどと述べて、説得した。甲野の考えに魅了された福田は、甲野を原告代表者に引き合わせたところ、原告代表者は、甲野の話を聞いて、その人物・能力・将来性を高く評価し、現段階では甲野個人の構想にとどまるにせよ、いずれ甲野が昇進し責任ある役職に就けば、被告の提携、協力を得ることも期待し得るものと考え、原告の新規事業としてアウトレットモール計画を実施することとし、福田をその責任者に据えた。

福田は、平成元年九月ころにはアウトレットモール用地を調査し、同年一一月には甲野と共に渡米して現地のアウトレットモールを視察した上、滋賀県野洲町に候補地を絞り、地権者との折衝を続けた。そして、原告は、平成四年二月に同町の一万坪の土地を購入して所有権移転登記を了し、大学教授に依頼して「グリーンステージ北桜構想」(甲第二六号証)と題する具体的な企画書を作成させた。この間、甲野と福田は、一か月に一、二回程度、甲野は原告の社屋、福田は被告の大阪店舗を、それぞれ訪問し、直接会って連絡を取り合っていた。

(二) 甲野は、原告を、甲野の夢であるアウトレットモール計画のよき理解者であると考え、原告とのアウトレットモール計画を本気で進めてきたが、前記2(六)のとおり、資金状態は日に日に悪化して、次々と新たな業者から金員をだまし取っていくしかない状況に追い込まれ、平成二年一一月ころには、だまし取った金で穴埋めを要する金額が四〜五億円にも上り、このため、甲野は、自己を全面的に信頼している福田及び原告代表者をだますほかはないと考えるようになった。そして、以前、クレッシェンド(櫻川)が原告にアウトレットモール用地の売買の仲介をした際に、櫻川が約束を守らず原告の信頼を損ねたという事情があったため、原告については、クレッシェンドではなくパレス通商と被告との仕入取引を仮装し、この取引の中間に介入させるという話を持ち込むことにした(甲第三二号証)。

(三) こうして、甲野は、同年一一月ころ、福田に対し、あたかも、被告がパレス通商から継続的に商品を仕入れているかのように装い、「被告にアパレル商品を納入しているパレス通商という並行輸入業者が、被告との手形決済に代えて現金決済を望んでいるので、原告からパレス通商に仕入れ代金を前払いして欲しい。商品はパレス通商から被告の顧客に直接納入されるが(直配)、原告がパレス通商から商品を仕入れて被告に売却することになるので、被告から確実に代金が支払われる。商品の発注も被告から原告に対してされるので心配はない。」「二か月又は三か月後に七〜八パーセントの利益を上乗せした代金が支払われる(スライド払い)。月に一回のペースで二億か三億位の取引をして欲しい。」「このように被告との取引の実績ができれば、将来アウトレットモールができたときに、被告が原告を通じてブランド品をアウトレットモールに流すこともでき、被告としても販路を拡大し得る。」等と述べて、原告が被告とパレス通商との取引の中間に介入して、継続的に取引を行うよう申し出た。もっとも、甲野は福田に対し、この時、パレス通商から直接仕入れるよりも高く仕入れることになるという実態が被告に知れるのは好ましくないという趣旨のことを述べて、被告から問い合わせがあっても、原告の仕入れ先がパレス通商であること及び原告の仕入れ金額などを被告に明らかにしないよう申し入れ、さらに、後日になって、パレス通商と直接連絡をとることも避けるよう申し入れた。

福田からの報告を受けた原告代表者は、真実、被告からの発注があり、被告の顧客に商品が納入されて、被告から代金の支払を受けられるものと信じ、三和銀行から融資を受ける手筈を調えた上で、甲野の説明による介入取引に応ずることにした。

一方、甲野は、パレス通商に原告からの入金がされる場合に備え、パレス通商の前記迎山に対し、原告がクレッシェンドから仕入れた商品を被告に納入することになったかのように装い、「パレス通商がクレッシェンドに仕入れ資金を出せば、クレッシェンド、パレス通商、原告、被告と順次売買がされ、パレス通商に対しては、利益分を上乗せした代金が原告から支払われる。」等と嘘を言って、パレス通商が右の介入取引を行うよう申し入れ、同人の承諾を得た。

(四) その後、原告は、別紙出入金一覧表記載のとおり、平成二年一一月二九日から平成三年一二月一七日まで、合計一四回にわたり、被告の名による注文を受け、その都度、三和銀行から融資を受けた上、パレス通商に対する買受代金の名目で合計三九億三四四〇万八二一四円を、パレス通商名義の預金口座に振込入金した。これに対し、同表記載のとおり、第一回から第一〇回までの注文分について、被告からの買受代金の名目で、平成三年一月三一日から平成四年二月一七日まで合計三一億二一八一万六七五九円の入金があった。

(五) しかし、同表記載の一四回に及ぶ原告に対する注文は、すべて、甲野が被告の名義を冒用して行った架空のものであった。すなわち、甲野は、被告が仕入れを行う場合には注文書を作成することはないのに、原告を信用させる目的で、被告で使用している被告宛の顧客用の定型の注文書用紙(乙第三号証)の被告の表示のある宛名部分を隠してコピーを取り、このコピーの注文者欄に、「株式会社そごう大阪店販売推進部宣伝装飾担当」の記名印の下部を隠して押捺して「株式会社そごう大阪店」の印影を顕出し、さらに「株式会社そごう営業企画課」又は「株式会社そごう販売推進部」の角印を押捺して、被告大阪店名義の注文書を偽造して、原告に送付していた。

(六) また、入金についてみると、まず、同表の入金欄中、次に述べる①ないし⑤の五回の入金を除くその余のものは、すべて、甲野が、被告からの支払であるかのように装って原告に支払ったものであった(前記2(五)(六)因で認定した、被告への入金もしない全くの架空取引である。)。

右の五回の入金については、次のとおりである。すなわち、原告は、平成三年六月二一日、甲野から被告の名で第八回目の注文を受け、同月二五日、三億二〇二〇万六六〇六円をパレス通商に振込入金したが、その後である同年八月ころ、甲野は原告に対し、被告に臨時の仕入れ口座を開設するよう指示し、原告はこれを受けて、被告に対し、取引期間を同月三〇日から同年一〇月末日までとする臨時の仕入れ口座を開設したところ(甲第一六号証の一、乙第二号証)、別紙出入金一覧表の入金欄中、第八回分の合計六回の入金のうち①平成三年一〇月四日(ただし第一回目)のもの、第九回分の合計四回の入金のうち②同年一一月六日、③同月一五日、④同月二八日のもの、第一〇回分の合計四回の入金のうち⑤同年一二月二四日のものは、被告(大阪店のSP制服課所管)が、原告からの右臨時仕入れ口座の開設を受けて、原告を仕入れ先、大日本印刷株式会社(以下「大日本印刷」という。)を顧客とするブレザースーツの取引があったものとして、大日本印刷名義の入金があった後に、スライド払いによりその仕入れ代金を原告に支払ったものであった(甲第三六号証の添付資料2)。そして、甲野は、原告に対しては、被告への入金だけは行う架空取引と被告への入金もしない全くの架空取引を併用して詐欺を行った旨供述しているところ(甲第三一号証)、右五回の入金分以外のものは、すべて、被告への入金もしない全くの架空取引によるものであること、甲野は、一連の架空取引を仮装するに当たり、被告の顧客として大日本印刷を含む八社の名を勝手に使用した旨供述していること(甲第三二号証)、だまし取った金額の穴埋めに追われていた甲野が、この時期になって、真正な取引についてパレス通商と原告を介入させる合理的な理由はないことに照らすと、右五回の入金は、被告が行ったものであったものの、実際には、大日本印刷が右商品を被告に発注し、これが同社に納入された事実はなく、これらは、甲野が、同社名義の関係書類を偽造して作出した架空のものであり、同社名義による被告への売買代金の支払も、甲野が同社の名義を冒用して行ったものであったものと認められる(前記2(五)(六)で認定した、被告への入金だけは行う架空取引である。)。

(七) この間、福田は、甲野の前記(三)の指示に従い、被告に対し直接取引の決済や納品等について問い合わせることはせず、パレス通商の関係者とも直接接触を持つことはなかった。

また、別紙出入金一覧表のとおり、第七回分の取引以降原告への入金が相当遅滞するようになったが、それでも第一〇回の入金分までは四か月以内に入金されていたため、福田も特に疑いを持つには至らなかったし、その後も、被告の経理部あるいはパレス通商に問い合わせたりはしなかった。なお、第九回分の入金の遅れについては、原告に融資していた三和銀行の担当者が説明を求めたため、甲野が福田らと共に三和銀行へ赴き、被告の事情、入金予定時期について説明し、担当者の了解を得た。そして、そこでの甲野の説明のとおり、平成三年一一月中には右入金がされた。

しかし、甲野は、第一一回以降の原告への入金をすることができず、被告大阪店(経理部)作成名義の「お支払い遅延のおわび」と題する書面(甲第一七号証)を偽造して福田に交付するなどしてその場を取り繕っていた。

その後、第一一回ないし第一四回の注文分の支払のないことにしびれを切らした原告は、平成四年四月二〇日、経理部長名義で被告大阪店の経理部宛に請求書を送付したところ、甲野は、同年六月二二日付けの被告経理部作成名義の残高確認の書面(甲第一九号証)を偽造して原告に送付し、同年五月七日には、甲野と被告の外商統括部付(特別販売担当)課長の小倉昭延が原告を訪れ、伝票処理の後六月五日までには支払うと約束したが、その後も支払はなかった。

二  甲野の不法行為の成否(争点1)について

1  前記一3の(二)ないし(六)の認定事実によれば、甲野は、被告がパレス通商から継続的に商品を仕入れているかのように装い、この取引の中間に原告が介入してパレス通商に代金を支払えば、被告から転売差益を上乗せした代金の支払を受けられる旨嘘を言って、原告代表者をその旨誤信させ、被告の名義を冒用して原告に対し一四回にわたる虚偽の発注をして、その都度、パレス通商に対する代金の名目で、原告から金員をだまし取ったものと認められる。

被告は、甲野と原告との間の合意の本質は、原告がパレス通商に資金を融通し、甲野又はパレス通商はその見返りとして一定の金員を原告に支払うというところにあり、甲野が被告の名義を冒用したことは重要な意味を持たないと主張するが、原告代表者が多額の金員を支払ったのは、大手の百貨店である被告が原告との間の売買契約の当事者となり、したがって、代金の支払は確実であると考えたからにほかならず、甲野も、原告代表者に右のように思い込ませなければ、原告から金員を支払わせることはできないと考えたからこそ、パレス通商が原告に商品を売り、原告がこれを被告に転売するという順次の売買契約を仮装したものであることは明らかであるから、採用することができない。

また、被告は、甲野が、約定の金員を原告に支払う意思及び能力を有しており、第一〇回までの取引においては原告が利益を得ていたことを理由に、詐欺は成立しないと主張する。しかし、当時、甲野は、その資金に窮し、他の業者からだまし取った金員又はその後の架空の発注によって原告からだまし取った金員を充てるという不正な手段によらなければ、約定の金員を原告に支払えなかったものであり、右金員を支払う意思及び能力を有していたものとは到底認められないし、被告との取引が架空のものであることを原告代表者が知っていたならば、パレス通商への入金をするはずもないから、甲野の詐欺行為は、甲野が架空の発注をした都度成立し、原告がこれに応じて入金した都度、その損害が発生したものといわなければならない。第一〇回までの取引において甲野から原告に一定の支払がされた事実は、損益相殺による損害額の減額の問題として処理すべきものである。よって、被告の右主張も採用することができない。

2  別紙出入金一覧表の入金欄中、前記一3(六)でみた①ないし⑤の五回の被告名義による原告への入金は、被告が行ったものであったものの、この入金に見合う取引は、甲野が仮装した架空のものであったことは、前記一3(六)で認定したとおりであるところ、被告は、架空取引であるとしても、大日本印刷名義による被告への入金があり、被告がこの中から仕入れ代金を原告に支払うものである以上、大日本印刷と被告に実害はなく、原告にも利益が出るだけのことであるから、右五回の入金分については、詐欺は成立しないと主張する。しかし、架空取引であることが被告に知れたならば、信用を重んずる著明な百貨店である被告が、甲野の出捐により被告には自動的に利益だけが残るからといって、このような架空取引を容認して原告に仕入れ代金を支払うことはあり得ず、したがって、原告代表者が、架空取引であることを知らされていれば、甲野の申出に応じてパレス通商への入金を行うはずもないから、甲野が、このような架空取引の実態を隠して原告代表者をだましたことが詐欺に該当することは明らかである。したがって、被告が実際に原告に入金していた事実は、詐欺を否定する根拠にはならない。

三  右不法行為による損害(争点2)について

前記のとおり、原告は、パレス通商に対する買受代金の名目で合計三九億三四四〇万八二一四円を、パレス通商名義の預金口座に振込入金し、これを甲野にだまし取られ、同額の損害を被ったものと認められる。もっとも、他方、別紙出入金一覧表記載のとおり、原告は、第一回から第一〇回までの注文分については、被告からの買受代金の名目で、甲野から合計三一億二一八一万六七五九円の支払を受けているので、損益相殺に基づき、これを損害額から控除すると、残額は八億一二五九万一四五五円となる。

甲第四五号証の一ないし六、第四六号証の一ないし三、第四七号証によれば、原告主張のとおり、原告がパレス通商の口座に振込むための資金を三和銀行から借り入れて、その借入利息計二億〇一一〇万一五八八円を同銀行に支払っている事実が認められる。そして、前記一3認定のとおり、原告の振込金額が大きいことや原告が信用のある事業会社であること、衣料品を他から仕入れて百貨店に販売する取引が飲食店経営等を業とする原告の本来の営業範囲に属するものでないこと、さらに被告からの入金の遅れについて甲野も福田らと共に原告が融資を受けた三和銀行に事情の説明に行ったことがあること等に照らすと、右振込金の資金につき、原告が少なくとも市中銀行から通常の借入利率による借入れを受けるであろうことは甲野において予見し又は容易に予見し得たものといえる。

したがって、右借入利息相当額二億〇一一〇万一五八八円は、賠償すべき損害の範囲に含まれる。

四  使用者責任の成否について

1  争点3について

甲野の右不法行為が民法七一五条一項にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」行われたものであるとされるためには、甲野の行為がその外形から判断して客観的に被告の事業活動に属すること及び同取引が被用者である甲野の職務に属するかあるいはその外形から判断してあたかも甲野の職務の範囲内の行為に属するものとみられることを要するところ、甲野は原告に対し、被告が原告から商品を仕入れるものであるかのように仮装したものであって、この商品の仕入れが、百貨店である被告の事業活動に属することはいうまでもない。

そこで、甲野の具体的な職務権限との関係について検討するに、右行為当時に同人の所属していた販売推進部は商品の仕入れを所掌しておらず(前記一2(二)参照)、したがって、甲野には商品の仕入れの権限はなく、同人が仮装した原被告間の売買契約は甲野の職務に属しない。しかしながら、別紙出入金一覧表の入金欄中、前記一3(六)でみた①ないし⑤の五回の被告名義による原告への入金は、被告が行ったものであったものの、この入金に見合う取引は、甲野が仮装した架空のものであったことは、前記一3(六)で認定したとおりであるところ、このことは、当時販売推進部に所属し、したがって、仕入れの権限も販売の権限も有していなかった甲野が、外商部に所属していた当時の顧客からの商品購入の引き合いがあれば、事実上、仕入れと販売に関する事務の相当部分を行うこともあり、被告もこれを容認していたことを示すものといわざるを得ない。けだし、右の仮装取引の実態が被告に判明しなかったのは、甲野が、原告を仕入れ先、大日本印刷を被告の顧客とするブレザースーツの取引につき、その数量、仕入れ価額、売却価額、顧客への納品予定日、顧客からの代金支払予定日等の契約上の細目を、すべて決めた上で、これを、この取引を所管するSP制服課の担当者に連絡したところ、右担当者は、本来の権限を有する者として甲野の申告内容の真偽につき原告や大日本印刷に確認することなく、被告内部で必要な伝票等の関係書類を作成し、以後は、甲野がした大日本印刷名義の代金支払を、同社からの入金と考えて、ここから被告の利益分を控除した残額を、仕入れ代金として、スライド払いにより原告に支払ったことを、裏付けるものであるからである。ちなみに、右事実は、被告内部においては職務分掌が定められており、したがって、被告における業務の具体的な事務処理手続が右分掌規定で定められた各部署で行われるものであることはともかくとして、商品の仕入れについては、直接の仕入れ担当部署ではない外販部門(外商部)の者でも事実上商談を成立させていたとの前記認定事実(一2(二)参照)とも符合するのである。

以上によれば、甲野の行った右不法行為は、少なくともその外形上、甲野の職務の範囲内の行為に属すると認められる事情があり、したがって、右行為は、甲野が事業の執行につき行ったものであると解するのが相当である。

2  争点4について

前記一3で認定した事実によれば、原告(福田)は甲野にだまされて被告への仕入れが真実行われていると誤信していたのであるから、原告において、甲野の行為が適法なものでないことにつき悪意はなく、また、商品流通について造詣が深いとはいえない原告が、一3で認定したとおり、かつて外商部に在籍していた当時から取引担当者として付き合ってきた甲野から、アウトレットモール計画の実現のための実績を残すためにも有用なことである等と言ってだまされ、しかも、甲野の右不法行為に係る取引の中では、一見しただけでは偽造とは分からないような被告名義の取引関係書面が使用されていること、さらには、甲第三七号証により認められるとおり、原告は右取引を始めるに当たり、融資を受ける銀行に相談もしていること等の事情があり、これらを考えると、甲野の行為が同人の職務の範囲内に属しないことについて原告に重大な過失を認めることもできない。

3  争点5について

前記のように被用者により不法行為が行われた以上、特段の事情のない限り、「相当ノ注意ヲ為シタル」(民法七一五条一項ただし書前段)とは認められないと解されるところ、本件では右特段の事情につき何らの主張立証がなく、また、「相当ノ注意ヲ為スモ損害カ生スヘカリシトキ」(同後段)とは、使用者の専任監督上の注意義務違反と損害との間の因果関係がない場合を注意的に規定したものと解されるところ、本件では、被告が「相当ノ注意」を尽くしたとしても原告に損害が発生していたという具体的な事実関係についての主張立証もない。

五  過失相殺(争点6)について

甲第四三号証、福田証言によれば、前記一3(四)の各仮装取引による入金の中には甲野個人の名義による入金分(第八回取引のうち平成三年一〇月四日付けの一四〇〇万円の入金)が含まれていることが認められるが、このような代金支払の方法は一流の百貨店との取引においては通常あり得ないこと、甲野が偽造した取引関係書類の中には、被告の非営業部門である販売推進部等の角印が押印されたものがある等、これが偽造であることを疑わせる余地も十分あったと考えられること、甲野の申し出た取引内容は、原告において、二、三か月後には七ないし八パーセントの利益を獲得できるという原告に一方的に有利なものであり、しかも第七回目以降の原告への入金が次第に遅滞して来たにもかかわらず、原告は、甲野の言に従い、被告の経理部あるいはパレス通商に直接問い合わせようとはしなかったことに照らすと、こうした点に関する原告の不注意が本件での損害の発生・拡大に寄与したものというべきであり、その過失内容を三割とするのが相当である。

六  結論

よって、被告の賠償すべき額は、前記三で認定した合計一〇億一三六九万三〇四三円に一〇分の七を乗じた額である七億〇九五八万五一三〇円(円未満切り捨て)及び右八億一二五九万一四五五円に一〇分の七を乗じた額である五億六八八一万四〇一八円(円未満切り捨て)に対する最終振込日の翌日である平成三年一二月二五日から、右二億〇一一〇万一五八八円に一〇分の七を乗じた額である一億四〇七七万一一一二円(円未満四捨五入)に対する最後に利息が支払われた日である平成六年八月一日からそれぞれ支払済みまでの年五分の遅延損害金であり、原告の本訴請求は右の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官倉吉敬 裁判官氏本厚司)

別紙借入金・支払利息等一覧表、出入金一覧表〈省略〉

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